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意思決定

結果を、早く

長いあいだ、ひとつのやり方で物事を決めてきた人がいる。そのやり方はよく効いてきたし、周りもそれを信頼してきた。ところが、いま組織が以前より平らになり、あるいは事業を誰かに引き継ぎ、あるいは今までやったことのない種類の挑戦を任されて、その人は「決定を開いてほしい」「そろそろ手放してほしい」と求められている。頭ではわかっている。それでも、いざその場に立つと、手が伸びるのは、結局これまで何度も成果を出してきた、あの慣れたやり方のほうなのではないだろうか。

ある地方都市で、若手育成の事業を任された行政の中心人物がいた。人口は少しずつ減り、街は静かに老いていく。その流れの中で、次の世代のために、長い時間をかけて何かを育てる。そういう役目だった。彼は優秀な人だった。とりわけ、何もないところから熱を起こし、人を巻き込んで最初のひと転がりを作る力においては、十年近く現場で積み上げてきた確かな実績があった。だから彼は、その得意なやり方でこの事業にも入っていった。東京から「インフルエンサー」と呼ばれる人たちを呼び、場をつくり、話題をつくる。人は集まった。ただ、その人たちは何かを建てるところまでは残らなかった。そして彼は、同じ街で地道に手を動かしてきた地元のイノベーターたちも、自分の同僚たちも、その輪の外に置いた。


見えているのに、届かない

彼のやり方を心配する声は、早い時期からあった。私も伝えたし、彼の同僚たちも伝えていた。それも一度ではない。ただ、その声は届かなかった。伝え方がまずかったからではない。厄介なのは、彼の存在意義そのものが、これまで通用してきたやり方と分かちがたく結びついていた点にある。その手法には「少なくとも最初の人だかりは確実につくれる」という実績があった。実績のあるやり方は、組織の中では「安全な選択」に見える。たとえそれが、長く、しかも前例のない事業を育てるには、本当は合っていない道具だったとしても。

念のため言っておくと、私はこれを彼個人の落ち度として語りたいのではない。ある意味で、彼は自分の仕事をしていた。派手にやってくれ、と頼まれていて、地元を巻き込んでくれとは特に頼まれていなかった。求められた通りに動いていた、とも言える。(本人にその自覚があったかどうかは、また別の話だが。)

ここで、もう一つの、もっと身近な失敗のかたちに触れたい。ある事業承継の場面である。先代から会社を引き継ぐことになった若い社長がいた。経験はまだ浅い。彼女はごく自然に、先代がやっていたやり方で会社を回していくものだ、と思っていた。誰かにそう命じられたわけではない。ただ、椅子を引き継ぐというのは、そういうことを暗黙のうちに含んでしまう。

これは、先ほどの行政の人物とは違う種類の話だ。実績のある決定者が、慣れたやり方を新しい問題に当てはめてしまう、という話ではない。組織のほうも、そして承継する本人も、引き継ぎとは「やり方もそのまま連続する」ことだと、何となく前提してしまう。彼女に本当に必要だったのは、「好きなように決めていい」という許可の言葉ではなかった。チームが彼女に対して、先代とは違うものを期待してくれること。そして、彼女という人に合わせて、決め方の手順やチームのかたちそのものが組み直されること。必要だったのは、そちらのほうだった。承継の中で「会社の仕組みを覚えていく」ことと、これは背中合わせで進んでいくものなのだと思う。

二つの話は、表向きはまるで違う。片方は前のめりに突き進み、片方は静かに先代をなぞろうとする。ただ、その根っこには同じものがある。どちらの場面でも、その席に座っている本人以外の、ほとんど全員に、潮目が変わったことが見えていた。見えていなかったのは、その席そのものからだけ、なのだ。


その席からは、外しか見えない

なぜ、本人にだけ見えないのか。ここは少していねいに考えたい。

決定を下す席に座っていると、視線はいつも外を向いている。市場、競合、数字、現場の反応。判断の対象は、常に自分の外側にある。だから、何かがうまくいかないとき、まっさきに疑うのは「実行」のほうだ。決定そのものではなく、その後の動かし方が悪かったのではないか、と考える。データが足りなかったのではないか、と考える。決め方そのものを疑うことには、なかなか向かわない。

そしてここが肝心なのだが、その「うまくいかなかった原因」を評価している人は、その決定を下した本人と、同じ人物なのである。同じ人が決め、同じ人が振り返る。だとすると、本当はいちばん説明力のある変数、つまり「この問題に対して、決定者自身のやり方が合っていなかった」という可能性は、その席からは構造的に見えなくなってしまう。どれだけ正直で、どれだけ自分を省みる力のある人であっても、なのだと思う。自分で自分の決め方を捕まえるのは、だからかなり難しい。

先ほどの地方都市の話に戻ると、これがよくわかる。助言は存在していた。早くから、繰り返し差し出されていた。それでも動かなかったのに、外から人が入った途端に少し動いた。外の人間の弁が立つからではない。外にいる者は、「何も知りませんが」という顔をして、見たままを見たままに口にできるからだ。中にいる人間が同じことを言えば政治的な代償を払わされるところを、外の人間はその代償を引き受けずに済む。だからこそ、利害のない第三の目、その結末から得も損もしない誰かの視線が、ここで意味を持ってくる。それは「あればなお良い」というたぐいの話ではない。むしろ、そもそもこのズレが見える、ほとんど唯一の位置なのではないだろうか。

意思決定のスタイルには、いくつかの型があるとされる。ロウという研究者は、指示的・分析的・概念的・行動的という四つに整理した。ここでその分類を学びたいわけではない。ただ、「やり方が合っていない」と言うときの「やり方」が何を指すのかを、少しはっきりさせておきたかっただけである。この記事が寄りかかっている問いは、要するにこういうことだ。問うべきは「自分はどの型の決定者か」ではない。「この局面が必要としているのは、どの型か」である。そして後者は、まさにその席そのものが答えられない問いなのだ。


組織も、それを拾えない

視線を、一人の決定者から組織全体へと広げてみたい。局面に合わせて決め方を組み替える。これがなぜ、こうも続かないのか。

まず、組織はそんなに速く動けない。いざ決定を下さなければならない瞬間に、「そもそも決め方のほうを見直そう」という余裕を持っている組織は、ほとんどない。緊急になったときには、もう決め方を設計し直すには遅すぎる。大きな組織が、それを委員会にかけて解こうとすると、今度は遅くて偏りやすい多数決へと崩れていく。そして組織は、たいてい「以前うまくいったやり方」に戻る。それは投資対効果で説明がつき、証拠もある。これから必要になるかもしれないやり方は、まだ絵に描いた餅で、真剣に検討するにはコストが高すぎる。コンサルタントは助言はできるが、決めはしない。決めた後の長い時間について、責任を負うわけでもない。(かく言う自分もその一人なので、これはそっくり自分に返ってくる。要は、口は出すが腹はくくらない立場だ。)そして、これはごく単純な事実なのだが、まったく違う種類の決め方が突然必要になるかもしれない。ただそれだけの理由で、決定者を一人よけいに雇って手元に置いておく組織など、どこにもない。

ここで、あの地方都市のチームのことを、もう一度思い出したい。行政の彼がその場にいるあいだ、四、五人のチームは、脇役の位置に押し下げられていた。メンバーたちは、本人たちの言葉を借りれば、軽んじられ、自信を失っていた。能力が足りなかったからではない。彼が見えなかったズレを、メンバーたちは現場ではっきり見ていたのに、それを届ける立場を、組織のかたちが与えていなかった。ただそれだけのことだ。ここに、話がひとつ折り返してくる。チームは、全体像を見せてもらえない限り、やり方のズレを指摘することができない。だとすれば、その全体像をチームに開いておくのは、チームが自分で気を利かせてやるべきことではなく、経営する側の仕事だ。危機のときだけ意見を求めればいい、という話でもない。ふだんの仕事の中で、長期のことや、まだ形になっていない構想について、チームを会話に招き入れておく。

正直に言えば、これは現実にはとても難しい。最悪の場合、「そこまでするために給料をもらっているわけではない」と面と向かって言われることもある。だから、「チームがもっと主体的に動くべきだ」で片づけるのは、たぶん誠実ではない。この記事が「では、チームは何をすべきか」に対して差し出せる正直な答えは、いささか拍子抜けするかもしれないが、こうだ。多くの場合、チームは、準備してもらえるのを待つしかない。なぜなら、準備してあげることは、そもそもチームの側の仕事ではなかったのだから。

(ちなみに、これは国が違えば見た目が変わる、というだけの話ではある。欧米のオフィスなら、同じ力学を360度評価や、いかにも開かれた社風といった衣装で包むかもしれない。ただ、影響力が働く仕組みも、つまずき方も、直し方も、中身は変わらないように思う。)


そのあと、何が起きたか

さて、あの地方都市の事業はどうなったか。行政の彼は、最後まで自分のやり方を変えられなかった。そして、自分からその事業を降りた。残された四、五人のチームは、それまで脇に押しやられ、軽んじられていたはずの人たちだったが、そこから自信のある、協働する一つの単位へと組み替わっていった。面白いのは、その後のチームの決定が、先ほどの四つの型を、チーム全体として自然に使い分けるようになっていたことだ。ある局面では素早く指示的に、別の局面ではじっくり分析的に、そして人の機微が要るところでは行動的に。一人の中に全部を背負わせるかわりに、チームの中に散らして持つ、というかたちである。その事業は、いまも八年続いている。

ここで確認しておきたいのは、これは「悪い決定者が、良い決定者に入れ替わった」という話ではない、ということだ。直したのは人ではなく、かたちだった。一人のやり方が、あらゆる問題に対して正しくあり続けることに、もう依存しなくてよくなった。それだけのことだ。

もう一つ、ここまで来たので、自分の話も少しだけ。私自身、ある事業の実務の中枢にいた席から、自分で降りたことがある。あえて時間を取って、いまのこの事業の局面に、自分は本当に合っているのかを問い、そして「自分はここから外れる」と決めた。この選択について、ある人は「運がよかっただけだ」と言い、ある人は「勇気があった」「賢明だった」と言う。どちらの見方も、私はそのまま置いておきたいと思う。どちらかに決着をつけるつもりはない。これは謙遜のふりではなくて、まさに私がこの四つの章で語ってきた、あの「席の中からは自分を評価できない」という難しさそのものを、自分でもう一度なぞっているにすぎないからだ。自分の決め方を、自分で正しく裁けたのかどうか。それは、たぶん今でもわからない。

冒頭の、慣れたやり方に手が伸びる人の話に戻りたい。新しい種類の決定を前にして、これまで通用してきた一手に手が伸びる。その反射は、その人の性格の欠陥ではない。むしろ、その席そのものが、ほとんど構造的に生み出してしまうものなのだと思う。だからこそ、それを捕まえるには、席の外にあるものが要る。全体像を見えるように整えられたチームか、あるいは、その結末に何の利害も持たない第三の目か。意思決定とは、権威や知性を誇示することではない。決定の質を決めるのは、結局のところ、手元のデータだけではない。そこに、これまでの経験や、ものの見方や、複雑さをどれだけ引き受けられるかが積み重なっていくのだと思う。そして、大きな決定であればあるほど、決める人は、チームに頼ることになるのではないだろうか。

要点

01

実績のあるやり方が「安全」なのは、それに実績があるからではない。それが通用すると証明されたのは、あくまでその種類の問題に対してだけである。

02

席の中から見ると、失敗はいつも「実行の問題」か「データの問題」に見える。決定を裁いている人が、その決定を下した本人だからだ。

03

チームは、見せてもらったことのない全体像のズレを指摘することはできない。チームを整えるのは経営する側の仕事であって、チームの主体性を試すことではない。

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