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意思決定

決めることから、離れてみる

年末年始、ゴールデンウィーク、お盆。日本には、社会全体がいっせいに止まる時期がある。取引先も止まり、社内も止まり、誰かの判断を待っている人が、少なくとも数日のあいだは誰もいなくなる。経営者にとってこの数日が妙に効くのは、単に仕事が減るからではない、ように思う。仕事の量ではなく、「決め続けること」から一時的に解放されるからなのではないだろうか。

長く経営の現場にいる人ほど、休暇を取っても本当の意味では休めていない、という感覚に心当たりがあるはずだ。海外に行こうが温泉に行こうが、出発前には決裁を片づけ、滞在中も半分は手元のメッセージに目をやり、戻ればたまった判断がそのまま机の上で待っている。休んだのは身体だけで、頭のいちばん疲れる部分は一度も休んでいない。私が経営者の方々と話していて、しばしば行き当たるのがこの感覚だ。彼らが欲しいのは仕事からの休みではなく、決めることからの休みなのだと思う。

厄介なのは、その疲れの正体が、その人の長所そのものだという点である。判断の重さを誰のせいにもせず、最後は自分が引き受ける。その覚悟があるからこそ、人は経営者として信頼される。ところが、まさにその覚悟ゆえに、その人は組織のただ一つの判断点として、椅子から動けなくなっていく。つまり、その人を良い経営者にしている資質が、そのままその人を縛りつけてもいる。長所と弱点が別々にあるわけではなく、もとは一つのものなのだろう。


助言が、いつのまにか承認に変わる

少し前に、あるスタートアップの共同創業者と長く関わったことがある。会社は若く、勢いがあり、人数も多くはない。彼は猛烈に働いていたが、彼を消耗させていたのは仕事の量ではなかった。社内で最終的に判断を下せるのが、結局のところ自分しかいない、という状態そのものが彼を削っていた。

最初のうち、彼がやっていたのは助言だった。経験の浅いメンバーに、丁寧に、具体的に、自分ならこう考える、と示していく。それ自体は良いことだし、チームは目に見えて伸びていった。ところが、丁寧であればあるほど、その助言はいつのまにか承認に近いものへと変わっていく。メンバーは育っているのに、判断を彼に持っていく癖だけは深まっていった。「これで進めていいか」と最後にひと言もらいに来る。能力は上がっているのに、依存は逆に強くなる。(本人にその自覚はほとんどなく、彼を責めるのも筋違いだ。良い助言を与え続けたことの、いわば副作用なのだから。)

だから彼は、休暇先にも判断を連れていくことになった。物理的にどれだけ遠くへ行っても、決裁の列は彼の頭の中に並んだままだ。これは努力や気合いで解決する話ではない、ということに、私たちはわりと早い段階で合意した。彼が怠けているわけでも、任せ方が下手なわけでもない。組織のかたちが、彼を一点に集めるようにできていた。構造の問題なのだと思う。


休みは、宣言できない。組み立てるしかない

ここで一つ、はっきりさせておきたい区別がある。「決めることからの休み」は、いわゆる先送りや保留とは違う。

判断を保留するというのは、決めないと決めることであって、その向こうには必ず、答えを待っている人がいる。待たせている以上、それは頭から消えない。待たせていること自体が、判断を脳裏に残し続ける。一方で、ここで言いたいのは、誰も待っていない状態をあらかじめ組織の側に作っておくことだ。保留が「決めるのを後ろにずらす」ことだとすれば、こちらは「そもそも宙づりの案件を残さない」ことに近い。性質がまるで違う。

そして、これは「決めることに疲れたので、しばらく決めません」と社内に宣言して手に入るものではない。会社という場には、そんなことを安全に言える場所はどこにもない。だから、休みは言葉で要求するのではなく、仕組みとして組み立てるしかない。

かつては、その仕組みを環境のほうが勝手に用意してくれていた。私はキャリアの初期にロンドンの金融街でトレーダーをしていた。休暇に入ると、私は立会場の外に出ることになる。当時すでに時間外取引はあったから、市場が開いているか閉まっているかは関係ない。取引が許されるのは立会場の中だけで、その場を離れているあいだは、どれだけ気を揉んでも手の出しようがなかった。物理的に仕事から切り離されていて、その壁が、勝手に休みを強制してくれていたわけだ。冒頭に書いた年末年始やお盆も、同じ種類の壁である。強制的で、自分で選んだものではないけれど、多くの経営者がもう自前では持てなくなった壁が、ここにはまだ残っている。

では、その壁を自分で組み立てるには、どうするか。やり方には軽いものから重いものまで幅がある、と考えてもらうとわかりやすい。

いちばん軽いのは、時間軸そのものをずらしてしまうやり方だ。自分が離れるあいだ、何の締め切りも来ないように、誰も自分の返事を待っていないように、案件の側を先に動かしておく。長めの休暇と組み合わせると効きやすい。これは先ほどの保留との、いちばんきれいな対比になる。保留が「待っている人を残したまま判断を止める」ことだとすれば、こちらは「待っている人をそもそも作らない」ことだからだ。

もう少し踏み込むと、一つの重要な判断から、自分だけ意図的に降りてみる、というやり方がある。最終的な責任は引き受けたまま、しかしその案件については、レビューはしない。ただ眺める。チームがどう決めていくかを、口を出さずに観察する。レビュアーではなく、注意深い観察者でいる、という言い方が近いかもしれない。責任は手放さないが、判断の手は引っ込めておく。この距離感が、案外むずかしい。

さらに重くすると、一連のプロジェクトをまるごとチームに委ね、自分はその中身を意図的に知らないでおく、というところまで行ける。進捗を聞きたくなっても聞かない。レビューを求められても、いったん押し返す。ここで効いてくるのは、ひとつの単純な事実だ。知らないほど、口を出したくならない。中身を細かく把握しているから介入したくなるのであって、知らなければ、介入する手がかりそのものがない。もちろんこれは、任せる側と任される側の双方向の信頼がなければ成立しない。だからこそ、いちばん重い。


何が変わるのか

くだんの共同創業者とは、これを一度で完成させようとはしなかった。最初は短く、軽く。一つの小さな案件から自分が降りてみて、数日だけ知らないでいる。それがうまくいったら、次はもう少し長く、もう少し重く。相手も毎回変えた。そうやって何度か試行錯誤を重ねるうちに、チームは、彼がいない状態でも長く自走して判断を続けられるようになっていった。彼の役割は、最後には注意深い観察者くらいにまで縮んでいた。正直に言えば、私自身も最初は、もっと早く大きく手放せるのではないかと思っていた。けれども、軽いところから積み上げたからこそ崩れなかったのだろうと、後から振り返って思う。

この取り組みには、二種類の見返りがあった。

一つは、決める本人にとっての見返りだ。食事のデトックスが身体の機能を一度リセットするように、決め続けることから離れると、判断の感覚が整ってくる。同じ判断力が、仕事だけでなく自分の生活の側にも戻ってくる。それに、離れてみてはじめて見えてくるものもある。日々の判断に追われていると、本来は重要なはずの判断が、いつのまにか脇へ押しやられ、小さく扱われてしまう。(しかもそれは、必ずしもこちらの不注意のせいではない。その重要さに気づかせないよう、外から意図して小さく見せてくる相手がいることもある。)走り続けながらでは、自分が何を脇に置いてきたかには気づけない。最高の状態でい続けるには、決め続けることと、決めることから離れること、その両方がいるのだと思う。

もう一つは、組織にとっての見返りで、こちらのほうがおそらく大きい。経営者が一点に座り続けている組織は、当たり前のように回っているように見えて、実はその一点が抜けた瞬間に止まる。準備のないままそうなると、ただ崩れる。けれど、あらかじめ仕組みとして休みが組み込まれていれば、チームは自然と一段上がる。誰かが短い予告で穴を埋められるようになる。経営者の手が空けば、その時間と労力は、別の新しいことに向けられる。そして、知らず知らずのうちに染みついた依存の癖が、いったんリセットされる。

冒頭の、休暇先にも机の上の判断がついてくる経営者の話に戻りたい。あの疲れを本当に軽くするのは、より長い休暇でも、より上手な気分転換でもないのだと思う。問われているのは、自分がいなくても回る組織を、意図して組み立てられるかどうかなのではないだろうか。一人の判断者がいなければ止まる組織は、よくできているように見えて、設計のうえではむしろ脆い。経営者も人間であり、ときに判断を誤り、ときに体調を崩す。決めることから離れる時間は、結局のところ自分のためというより、自分が築いてきたものが、自分なしでも立っていられるようにするための時間なのかもしれない。

要点

01

経営者の最も深い疲れは、仕事の量からではなく、ただ一人の判断者であり続けることから来ている。必要なのは仕事からの休みではなく、決めることからの休みである。

02

決めることからの休みは、宣言して手に入るものではなく、誰も待っていない状態をあらかじめ仕組みとして組み立てておくことでしか得られない。その本当の見返りは、本人の回復よりも、一人が抜けても止まらない組織の強さのほうにある。

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